ヴィンテージ時計・HAMILTONのご紹介

HAMILTON

1892年、アメリカはペンシルバニア州ランカスターにて創業したハミルトンは鉄道の発達と密接に関係しながら成長したメーカーである。
1880年代以降、南部西部も含めた北米大陸全土に大陸縦横断鉄道網が拡張され、それに伴い安全運行に必要不可欠な懐中時計の需要が高まっていく。
そんな中、1891年にオハイオ州キプトンで起きた”キプトンの悲劇”と呼ばれる列車同士の正面衝突事故をきっかけに急速に鉄道運用システムの整備が進められた。
双方の機関士と9名の乗務員が犠牲となったこの事故を重く見た鉄道当局はクリーブランドの時計宝石商Webster Clay Ball(ウェブスター・クレイ・ボール)を鉄道監督検査官に抜擢し事故状況の調査と新たな運用システムの開発を要請。
鉄道員の携帯する時計の精度誤差が事故の大きな原因となっていたことから、1893年に鉄道時計の認定基準『レイルロード・アプルーブド』を策定し、各メーカーはこの基準をもとに時計を製造するようになる。
中でもハミルトンが製造する”ブロードウェイ・リミテッド”はその高い精度と耐久性により各鉄道会社からの信頼を集め鉄道時計のトップメーカーとしての地位を確立する。
その後鉄道時計で培った技術をベースに腕時計の開発を進めパイピングロック、コントアー、ウィルシャーといったデザイン性の高い数々の名作を発表する。
また第二次世界大戦時には全ての生産ラインを軍用時計の生産に切り替え、じつに100万個以上にもおよぶ軍用時計を供給した。
特にマリン・クロノメーターは米国海軍天文台に”Zero Rate(特等級)”と称され他の競合メーカーの追随を許さなかった。
また、こういったアメリカの時計メーカーの互換性部品を利用した大量生産技術はその後のスイスの時計作りにも大きな影響を与えることとなった。
その後も1957年に世界初の電池式腕時計『ベンチュラ』を発表(ゼンマイの代わりに電池を動力源とする電磁テンプ式ムーブメントを搭載した)、1969年にホイヤー・レオニダス、ブライトリング、デュボア・デプラとの4社共同で世界初の自動巻きクロノグラフキャリバー『Cal.11』を開発、1970年に世界初のLED式デジタル時計『パルサー』を発表するなど革新的なタイムピースを世に送り出した。

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1927年に買収した時計メーカーILLINOIS(イリノイ)とのWネーム仕様となっている珍しいモデルです。

この時計が製造された1950年代当時、終戦による軍用時計から一般時計への生産の切り替えや市場への高品質なスイス製時計の流入により既存のアメリカ時計メーカーは苦しい経営を強いられていました。
規模の縮小やスイス生産への切り替えなど各メーカーが対策に乗り出す中、ハミルトンはスイス製エボーシュ
(半完成状態のムーブメントやパーツ)を採用して生産コストを下げる方法を模索します。
長らく休眠状態にあったイリノイブランドを再導入しエボーシュの動作テスト及び選定を行い、
それらをパスしたものを加工・調整し、このハミルトンとイリノイのWネーム仕様で販売していたようです。

アプライドの飛び数字インデックスにドルフィンハンドというシンプルかつクラシックなデザイン。

コスト削減が図られたとは言え搭載するのは信頼性の高いETA社の自動巻きキャリバーCal.1256で、メンテナンス性も良く耐震装置も備えた非常に実用的なムーブメントです。

当時のハミルトンを取り巻く時代背景が伺える興味深い1本です。